記事を書く楽しみ

文字を書く。たったこれだけの作業が特技とされた時代も過去にはありました。
誰でも文化の発信源となりえる今日は私のようなしがない男でも、実に有難い時代となりました。

例え僅かな金額であっても、規則的に並べられたキーボードのボタンを叩くだけの作業(言い過ぎな気もしないではありませんが)が現実の収入となる。ある意味、夢のような出来事です。

自分でも気分がノッている時には打鍵のリズムが違っていることを意識するのです。
そう、ハツラツとしているのだと。
未だブラインドタッチに至っていない私ですが、乏しい脳の力を振り絞って心に浮かんで来る言葉と背景とを具現させている今日この頃です。
鉛筆と紙もいいでしょう。
あるいはキャンバスに油絵の具で歴史的超大作に挑む孤高の画家になった気分で。
まあ、大抵は撃沈された気分ですぐに現実に引き戻さるのですが。
それでも私だけの言葉を誰憚ることなく書き連ねる喜びは私だけの物なのです。
本を読みたくても、文を書きたくても、様々な制約により束縛された時代もありました。
もうあの頃には帰りたくない。
そのことも私の書く力となっているのです。
手が痺れてきました。この辺で筆を置くことにしましょう。

 

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